五十を過ぎて楽になってきている。
四十歳の頃はまだ三十代を引きずっていた。
自分が五十を迎えるなんて信じ難かった。
五十を越えた私の心は穏やかだ。
そのくせ経験値が少なく子供っぽいのだが。
十年前にはこんな境地になるとは思わず、若さを失うことは受け入れ難いことだった。
この十数年はとにかく闇。
暴風雨の中、猛り狂う真っ黒な海に投げ出されたような。
荒波に揺さぶられ、開けた口に容赦なく大量の海水が流れ込む。
息ができない。
体が圧迫されて濁流に打ち付けられる。
沈む。浮く。打ち付けられまた沈む。
壮絶な十年だった。
先生に助け上げられた時には、もう何も持っていなかった。
何も。
希望も。
野心も。
執着も。
何も。
ただ、「今」があった。
若い頃にはなかったのに。
何もかもなくして、時間を得た。
荒れ狂う波に飲まれる前はどうしていたのか、振り返る時間はある。