ユリのハラ腹日記

過敏性腸症候群を抱えて生きにくさはあるけれど、キラキラしたものも見つけてやっていこうよ、自分の人生。鬱でもあります✌

月とてんとう虫と

さっきベランダに出てみた。

綺麗な満月だった。

嬉しい。

月が見えると嬉しい。

満月だったら、もっと嬉しい。

三日月や半月がヒットだったら、満月はホームラン。くらい嬉しい。

喩えが昭和ぽいな…

 

ベランダに出た時に、柵の影がはっきり下に映っていたので、今宵は満月か?と期待大。

南の上空にしっかり満月が出ている。

儲けた。

なぜか、素敵な自然現象に遭遇すると、そう思う。

以前、前の建物と、うちの間に虹が出ていた時も、そう思ったな。

超ラッキーやん。

虹。

七色と表される、虹の光。

赤や黄色、緑、青。

様々な色が混ざり合った、境界線のわからぬ未知の色たち。

あの虹色を目にすると誰もが、ぽわん♪となるのではなかろうか。

私はなる。

ぽわんとして、ほわんとして、うっとりして、儲けた!

と思う。

思わず、誰かにメールしたくなる。

実際した。

 

今日の満月は後輪も少し見えた。

光輪。というのかもしれないな。

仏さまの後光のようだ。

満月の回りが虹色に光っているのは、尊い

 

自然界の現象を偶然、目の当たりにした時、人は感動する。

それはどんな小さなことでも。

偶然、自分が見つけた!と思った時の感動は、どんな面白いテレビ番組より勝る。

 

春先に、家の近くのベンチに座っていたら、何か虫が頭にとまった、と思って手で払った。

虫?

虫嫌いの私に、少しの恐怖が起こる。

また何か飛んでいて「何だろう」と思ったら、てんとう虫であった。

ちっちゃいの。

赤の体に小さな黒い点がいくつかきちんと入っている。

かわいい。

他の虫に対する反応と、明らかに違うではないか。

てんとう虫。

いつぐらいぶりだろう。てんとう虫なんて。

最近は、かわいらしい虫や綺麗な蝶、を見ることがなくなった。

他の虫もいなくなっているのかもしれない。

原っぱや草むらがなくなった。

てんとう虫って、何か縁起がいい虫なんじゃなかったっけ?

かなり嬉しい、てんとう虫。

ティッシュに移して、そっと草影に置いておいた。(やはり素手では触れない…)

 

家に帰って調べてみた。

なになに。

 

てんとう虫が体にとまると願いがかなう吉兆。女性の髪にとまったら、その年のうちに結婚できると言われています。(欧米)「幸せを招く世界のしるし」

 

皆さん。(誰や)

わたくし、今年はお嫁に行けるかもしれません。

 

追記

「点灯虫」は、「天灯虫」だといいな、と思っていました。

タブレットで変換したら「天道虫」と出ました。

こちらも素敵✨ですね。

 

 

 

 

5月12日 神社とイクメンパパと

昨日、外出してきた。

先月の29日以来だから、約2週間ぶり。

その間に平成から時代は代わり、令和になった。

やっぱりテレビで、天皇の退位や、即位の儀式は見ておきたかったな。

装束姿の天皇がどんな儀式をして、令和に移るのか、しかと見ておきたかった。

日本古来の連綿と続く儀式を見られる機会は、まずないだろう。

私は神社もお寺も好きなのだ。

日本が誇る神々の聖地。

東京に行くと、オフィス街のど真ん中に、古来より続く神社が、しかと根付いて残っていることに感銘を覚える。

数多あった都市開発の中で、しっかり受け継がれ、日本人に大切にされ、守られてきた神社。

その歴史の中で、どのくらいの人が訪れ、どのくらいの祈りを受け止めてきたのか。

今でも、スーツ姿のビジネスマンや、外国人が足を止め、賽銭箱にお金を投げ込み、がらがらと太い縄を揺らして、願い事をする姿がある。

時代は移り変わっても、人々のそんな気持ちは変わらない。

地域の人や、訪れる人の思いを大事にして、神社を大切に守ってきた日本人の精神性が好きだ。

高いビル群に囲まれて、そこだけ時が止まった場所。

手水場で手と口を洗い清めるビジネスマン。

どこの国から来たのだろうか、外国の男性が賽銭箱の前に立つ。

そんな姿を見かけると、物質主義のこの現代日本において、信じる気持ちは皆同じで、清いものだ、と清々しく、誇らしく思う。

 

もし、テレビで、装束姿の天皇の儀式を観る機会があったなら、どんな思いが去来しただろうか。

なにしろ、日本の天皇制は2600年続いているという。

しかし、やはり現在において、天皇制の是非を問う時は来ていると思う。

 

話は私の外出に戻り、昨日は本当に、五月らしい陽気の日だった。

爽やかな風が心地良い。

交差点で父親と息子が自転車に跨がって、信号待ちをしている。

いちょうはたっぷり緑の葉を付け、風に枝を揺すっている。

桜の木もすっかり緑になり、もう他の木々と見分けが付かない。

公園で子どもと父親が遊ぶ姿があった。

立ち寄ったコンビニにも、娘を連れた父親の姿。

子どもに飲み物を買ってやり、上手く飲めない子どもの面倒をみている。

日曜日なのだ。

毎日は子どもの相手が出来ない、イクメンパパ達が母親に代わって、子ども達の相手をする。

私が子どもの頃は、まず見かけることのなかった、子どもの相手をする父親の姿。

育児は母親がする時代に育った。

周りの子達も父親との距離は、今ほど近くはなかったと思う。

 

私は羨ましかった。

父親と娘に自分を投影する。

もし、私があの子で、父があの父親だったら。

女の子が上手く飲めなくて、父親に甘えた口調で訴える。

私は父に甘えたことがなかった。

甘い口調でねだったこともない。

もし、そんな父娘関係だったら。

私の人生は違ったろう。

 

私はいつも、イクメンパパ達を見かけると、苦々しく、妬ましく感じる。

悔しい、と思う。

 

いつもの日曜日だ。

 

私の未来

爽やかな春の朝。

以前は自分の身の回りにある空気感、陽の光、鳥のさえずり、新緑。

何もかも、自分の中に取り込むことが出来なかった。

じわりじわりと来ているらしい覚醒の時を感じながら、タブレットに向かって、自身の近況を書き連ねることが、今の私の一番のリフレッシュの時間となっている。

 

昨夜、ブログに何か書きたくて、はてなのお題スロットに参加しようと思ったが、悪戦苦闘した結果、私のタブレットからは参加出来ない、という事実が判明して、実に残念だ。

がっかりだ。

お題で「一人の時間の過ごし方」「コーヒー」等、魅力的テーマにノリノリで、書いてみたかったのに残念極まりない。

 

仕方ないので、今までと同じようにひっそりと書いていくしかない。

皆と同じお題で書いて、誰かに読んでもらえるかも、という魅惑的な思惑はあっけなく消えた。

 

しかし、このアプリ、お題に参戦できないことを除いては、タブレットでもかなり書きやすい。

良かった。

 

GW明けだが、実は「令和」に入ってから一度も、どこにも外出していない。

やばい。

朝、ゴミを出しに行くことしかしていない。

やばい。

最近、早朝にやっと寝て、昼過ぎに起きるというパターンが続いているが、やはり私が外出することに前向きでないからだろう。

所属している所がないと、出かける意味が見つからない。

ここのところ、天気が良い日が多いので、いい加減「春」を見つけに出かけないと、あっという間に暑くなり、そのうち本格的に梅雨が始まってしまう。

雨の日はよけいに外出が億劫になるので、この間ネットで、早目にレインコートを買っておいた。

ネイビーのモッズレインコート。

エストと裾が紐で調節可能だという。

さんざんネットで見て、熟慮に熟慮を重ね、購入した物だが、まだ試着すらしていない。

ネットでポチして、いざ届いたら封も開けない。

買い物依存の私の悪い癖。

しかし、そうも言っていられない。

最近は私も現実に目覚め、買い物を控えることが多くなった。

進歩してはいる。

もともと洋服が好きなので、いつまでもネットを見てしまう。

女性は洋服が好きなのに、スマホで簡単にポチ出来る世界。

何でも簡単に買えてしまえる世界。

…怖い。

ネットの甘い罠。

 

20年以上前、1990年代以前。

スマホがこんなにも普及する前。

もし誰かが、

「ポケットに電話機が入るようになって、コンピュータが付き、指一本で買い物が出来て、辞書もニュースも見れるし、簡単な文章も送れて、自分の書いたものが世界中に発表されますよ」

とでも言おうものなら、

「この人、何を言ってるの??」

誰にも理解不能だったことだろう。

ケータイが普及し、(以前は普及させる為に、街頭でケータイ機を配っていた時代もあったのだ)その後、先人達の努力に続けと、電話会社がこぞって開発し、人々の努力のリレーが繋がって、今、私が発信できるタブレットがある。

 

未来は誰にも想像出来ない。

言い換えれば、

未来は誰でも創造出来る。

 

とりあえず、外出。

 

 

 

子どもの日に

お昼前から、子ども達の声がしている、と思ったら、今日は子どもの日だった。

子どもの日だから子どもの声がしている、というわけではないのだろうに、楽しそうな幼児の声が響く。

「子どもの日」か……

子どもの日に何かしてもらったことはないような気がする。

子どもに興味のない親であった。

 

最近、「遊ぶ」ということについて考えている。

「遊ぶ」ってなんだろう。

遊んだことのない私にはわからない。

もちろん、小学生の頃はよく友達と遊んだ。

放課後、一度家に帰ってランドセルを置くと、校門前で待ち合わせた。

どうせ学校に戻るくらいならそのまま学校にいればいいだろうに、と今なら笑ってしまうが、皆そうだった。

校庭の鉄棒で、履いているブルマにスカートの裾を入れ込み、即席のパンツにして、鉄棒をくるくる回り、これなら下着は見えない、と思っていた。

そのくせ、スカートを一緒に鉄棒に巻き付けて、滑り易くして回ったり。

運動は嫌いだったがそんなことをしながら、友達とおしゃべりをした。

友達の家に行くこともあった。

家の前の道路で、いつまでもゴム跳びをしていた。

長い輪になったゴム紐を用意し、一人の子どもが肩幅くらいに開けた足首に引っかけ、反対側にいる子どもと対になって、ゴム紐を引っ張って安定させる。

ゴム紐を跳ぶ子どもは、後ろ向きで向こう側のゴムを足首に引っかけ、リズムを刻むようにステップをし、今度は二本引っかけては外し、また一本引っかけステップ、の繰り返し。

詳しく覚えていないが、こんな感じ。

「チャチャ」と呼んでいた。

このゴム跳びを長々とするのである。

もちろんおしゃべりと。

安上がりな遊びであった。

ゴム紐一本で、ずっと遊べた。

 

そういうものを「遊び」というのかと思っていた。

子どもの頃のお金のかからない、他愛ない遊び。

 

数年前、

「お前は遊ばないのか」

と、知っている人に強い口調で、言われたことがある。

随分ひどい言い方をするものだ、と思った。

しかし、そう言われてみると、私にはそれ以外の遊びの経験がなかった。

その後いくつもの修羅場を経験し、一年半前に精神科に入院した時、検温に訪れた看護師に、

「遊ぶってどういうこと?」

と聞いてみた。

20代の男性看護師は、趣味が何か、他の看護師さん達にも聞いてみたら?と言ってくれた。

日替わりで、私の受け持ちになった看護師達に聞いてみると、様々。

マウンテンバイク。

釣り。

旅行。

料理。

遊びとは、趣味のことなのか?

今書いてて気付いた。

いつの間にか、遊び=趣味。と認識していたようだ。

いや、気分転換になること、を聞いたのだっけ?

一番最初に助言してくれた看護師さんが、遊び=趣味=気分転換。と認識して、私にそうアドバイスしてくれたのかもしれない。

入院中のことなので、はっきり違いを意識していたわけではなかった。

遊び、趣味、気分転換。は同じものなのか?

確かにどれも、リフレッシュになり、身体がゆるみ、ほっとする自分の時間。と、とれる。

例えば、ここに「サーフィン」を当てはめてみよう。

遊び=サーフィン

趣味=サーフィン

気分転換=サーフィン

なるほど。

見事に当てはまるではないか。

 

私には、これが足りなかった。

遊びが、小学生の感覚のまま止まっていた。

 

私は15歳から、学校に行っていない。

遊びが何か知らない。

 

社会人としての経験も浅いので、お金を出す遊びが何かわからない。

 

カラオケ?

何回も行ったことがある。

人前で歌うことがあまり好きではない、と、やっと気付いた。

 

 

ずっと調子が悪く、本を読めずにいたが、最近また読めるようになってきたのが、本当に嬉しい。

今は十代の時読んだ、レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」を読んでいる。

ここまで深かったのか。

若い時には気付くことのなかったチャンドラーの世界。

男くさい、人間くさい、味わいある名著である。

描かれる人間が一人一人、生き生きと、人間くさい。

初めて読んだ時は、ストーリーを追いかけるのがやっとだった。

40代後半となって、改めて読み返し、良い書物というものは何度読んでも味わい深く、また戻ってきたくなるものだ、と感慨深い。

 

そして、本を読む。という行為ほど、私らしいものはない。

と痛感した。

小さい頃から本を読むことが好きだった。

本から手が離れなかった。

いつも、本の中の世界にいた。

知らない風景も、知らない感情も、本で学んだ。

日常に本がある世界。に身を置いていた。

 

そうだった。

私は本を読むこと、で成り立っていた。

 

今また何年ぶりかで、本のある生活に戻ってきて、私は私を取り戻した。

本を読むこと。

それは私の居場所。

私の趣味。

リラックス。

私の遊びだ。

 

 

外に出て、お金をかける趣味を探すのは、これから。

私が今、やっと自分を見つけた。

他の遊びを見つけるのは、これから。

 

 

 

平成から令和へ

静かな朝である。

さっき、ゴミを出しに行った時、前方のスーパーの方向に日の丸の旗を見た。

鯉のぼりと一緒に風にはためいていた。

そうだ。

天皇陛下の退位と即位の日を控えているのだ。

うちにはテレビもないし、今は世間にも属していないので、実感がまるでなかった。

即位の日、退位の日。くらいは、所属するセンターに行って、テレビを観ようかと思っていたが、電車とバスを乗り継いでまでセンターに行って、テレビを観ようと思うほどの興味はやはり起こらなかった。

 

私が決定的に世間に属さなくなったのは、たぶん去年の九月からだ。

もちろん、それより前はニュースだけは、タブレットでチェックしていたのだが、二年前の桜の開花時、ちょうど番組改編の時期から、全くニュースにも興味が沸かなくなった。

タブレットでは画面が見づらいから、という面もあった。

タブレットの粗くて小さい画面を見続けることの限界もきていた。

 

二年前、東京の先生の所に行って、帰って来た時、報道ステーションの、花見時に雷雨がきた、というニュースが、私のタブレット最後のニュースとなった。

 

それから二年。

全くテレビを観ていない。

入院時にテレビを観る機会はあったが、以前と違い、テレビには興味が沸かなかった。

自分でも不思議なくらい、テレビ、あるいは世間で起こっていること、流行っていること、世間の人が愉快だと思っていること、に興味がなくなっていた。

 

立て続けに、新たに知ったり、起こったりした、三つ程の人間不信にならざるを得ない出来事を、乗り越えた時、すっかり世間と縁が切れていた。

 

時代が変わる。

日本人には大きな節目。

30年前に平成に入ってから今日まで。

長い30年が終わる。

 

30年。

私にとっては昨日のことのようだ。

記憶に残るような出来事がほとんどなかった30年。

私は30年以上、解離していた。

今、平成が終わることで、はっきりわかる、私にとっての30年。

平成から令和に変わる節目の時。

私も変わる。

これからは自覚を持って、障害者という社会的弱者としての立場から、物事を発信していくつもりだ。

 

新しい時代は、否応なしに向こうから来る。

私の令和が始まる。

 

 

 

 

 

 

ワインレッドの心

♪もっと勝手に恋したり

もっとキッスを楽しんだり

忘れそうな想い出を

そっと抱いているより

忘れてしまえば

 

今以上それ以上愛されるのに

あなたはその透き通った瞳のままで♪

 

最近、よくこの歌を口ずさんでいる。

うろ覚えで、同じ箇所を繰り返し。

言わずと知れた「安全地帯」の「ワインレッドの心」である。

 

なぜ最近、急にこの曲を口ずさんでいるんだろう。

と考えたら、手持ちのグレーのコートに合うワインレッドのマフラーを、いつもネットで探していて、頭からワインレッドのイメージが離れないからだった。

 

この曲が流行ったのは、私が中学の頃だ。

特にファンだったわけでもないから、うろ覚えでも仕方ない。

ちょうどその頃、玉置浩二石原真理子が不倫をして、世間を騒がせた。

どういう内容の会見だったか覚えていない。

石原真理子

美しかった。石原真理子

黒いロングヘアに長い睫毛。

淑やかに、細い指でさらさらした黒髪を耳に上品にかけ、涙が瞳から、はらはらと零れ落ちた。

なんて美しい。

この人は愛してはいけない人を愛してしまい、申し訳なさと、どうしようもない愛情の狭間で、揺れ動き、切なさに苦しんでいる。

誰もがうっとりした。

中学生の私も、いけない恋をしてしまった、この美しい人に心奪われた。

不倫が大ブームだった。

この会見のせいかもしれない。

誰もが、してはいけない恋をしてしまう程の恋。に憧れた。

不倫ブームは、私の中で、バブル時代と重なっている。

 

そんなことを思い出しながら、歌詞を口ずさんでいた。

 

 

♪忘れそうな想い出をそっと抱いているより

忘れてしまえば

今以上これ以上愛されるのに

 

これは私?

大事な想い出をそっと自分で抱きしめているのは、

私だ。

 

そうだ。

大事に抱きしめ過ぎていた。

 

傷つけてしまった。という心の痛みと、どうしようもない申し訳なさを、ずっと抱え混んでいたのは、私だった。

もう随分、昔のことだ。

 

相手は忘れてしまっただろう。

抱えこんでいたのはきっと私だけだ。

 

忘れてしまえば。

忘れてしまえば、新たな何かが得られるのかもしれなかった。

 

大事に大事に抱きしめて、

ゆっくりゆっくり育っていったのかもしれない感情。

 

そおっとそおっと、手放せば、新しい感情が訪れるのかもしれない。

 

感情も、空いたスペースに入ってくるものなのかもしれない。

 

だから、今は、

大事だった記憶をそおっと手放して、

新しい感情が訪れるのを、静かに待とう。

 

 

♪今以上それ以上愛されるまで

あなたのその透き通った瞳の中に

あの消えそうに燃えそうなワインレッドの

心を写し出してみせてよ揺れながら

 

 

 

 

 

 

入院中の受け付けにて

年配の女性看護師は、受け付けの奥から出てくると、マスクをしている私に言った。

「良くなったじゃなーい!」

私は不思議に思って聞いた。

「私が入院した時、いらっしゃいましたっけ?」

「いなかったけどみんな言ってるから」

何を?

「顔が変わったって。みんな言ってるわよ」

「みんなって、○○先生や外来の看護師さんが?」

「だけじゃないわよ。みーんなよ!」

そして、看護師は両手を広げて、もう一度、

「みーんなよ。みんな」

目を大きく見張って言う。

それはこの病院中、全員が。という風に取れた。

私はこの時、よく事態が飲み込めていなかった。

戸惑いながら、マスクを外した。

看護師は小さく、

「あ、」

と言って、1、2歩下がった。

そして、呆然とした表情で私を仰いだ。

私は、二重、三重にたるんで変わってしまった自分の顔を、十年程親しくしている、母親ほど歳の離れたこの看護師に見せて、助言してもらいたかった。

すがるように自分の顔をこの看護師に託したのだ。

看護師は怯えたように、私から身を引いて、口ごもった。

私は、痩せてたるんだ顔を晒した。

年配看護師は、つくづく私の顔を見て、

「カルテに目のマッサージがどうのこうの書いてあったけど、このことだったのね」

と得心したように言った。

入院中の私のカルテを、勝手に外来の看護師が見ているのか、と思った。

良くなったって何が?

ほら、痩せて入院して食べられなかったって聞いてたけど、食べられるようになって良かったわね、って。

言い訳がましかった。

近くに寄って来て、私のエラの下の皮膚を両指で、摘まむと、そのまま下に皮膚を引き下ろした。

私は自分の顔の皮膚が下に伸びて、妙な四角い顔になっていることを自覚し、そんな顔を晒しているのを情けなく思った。

看護師は自分で引っ張った私の顔を見て、また軽く動揺した。

そして、私に、こっち向いて、と指で差し、私が横を向くと、今度は、こっち向いて、と次々に指示を出し、私は素直にそれに従った。

とにかく、顔をなんとかしたかった。

どうすればいいか教えて欲しい。

看護師は次に上を向くように言った。

「もっと上、も少し上」

私は指示通り、顔を上げた。

皮膚が重力で真下に垂れ下がっていくのを感じた。

その皮膚の重みを感じて、こんなことになってるの?と驚いていた。

とにかく、顔の窮状をなんとかしたい。して欲しい。という一心で。

徐々に顔は上を向き、もはや仰向いていた。

下を向いたり、上を向かされたり。

私は、頬の下を指で上に押し上げ、前はこうだったのに、と訴えた。

看護師は、痩せた時は専用のマッサージがあったりするって言うじゃない。とか、なんとか言いながら、私を様々な角度に向かせ、最後にかなり上を向いた角度を取らせ、

「うん。その角度だったら大丈夫」

と自分は納得したようだった。

こんな上を向いた状態で歩けるものか。

「あなた、もう時間じゃないの?

それが一番心配」

2、3回、そう繰り返し、盛んに私を上の病棟に戻そうとした。

私は看護師に、顔が少し良くなったら、良くなった!って言ってね。と頼んだ。

良くなりたかった。

たまたま、病棟に戻るエレベーター前で、作業員が大がかりな清掃作業をしていた。

少し迂回したら、エレベーター前に簡単に出られそうだった。

看護師は作業員に向かって、半ばイライラしたように、今、そこ通れないの?!と大きな声で言った。

この人らしくないな、なんでそんな言い方するんだろうと思った。

作業員が手を止め、大きな清浄機が止まった。

スペースが空くと、

「さ、行きなさい」

売って変わって、やさしく私を促した。

別にそこをちょっとまわればエレベーターに乗れるのに。

私は作業員が空けてくれたスペースを通り抜けながら、振り返って、看護師に手を振った。

看護師は、あわてて笑顔を見せ、私に手を振り返した。

エレベーター前に出て振り返ると、まだ看護師がこちらを見ていたので、私はまた手を振り、看護師は慌てた笑顔で振り返す。

3、4回そんなことを繰り返して、なんで今日は、お互いこんなに手を振ってるんだろうと、疑問に思った。

しかし、その時には、今回のことが後々、尾を引く重大事になるとは思っていなかった。