ユリのハラ腹日記

過敏性腸症候群を抱えて生きにくさはあるけれど、キラキラしたものも見つけてやっていこうよ、自分の人生。鬱でもあります✌

夏の終わりに

今週のお題「残暑を乗り切る」

やや気負い過ぎていたかもしれません。

あ、ブログのことです。

もっとゆるーく、のんびりやっていくのもありかな、と思ってタブレットに向かっています。

そう思って書き出すと、普段の「である調」から「ですます調」になるのが不思議です。

肩の力を抜いて、ゆっくり深呼吸。

することを最近心掛けています。

日向で居眠りする猫。

を目標に。

いつも書きたい何かを決めてから、タブレットに向かっていたけれど、徒然なるままに書き出してみたら、何か新しいことが見つかるかもしれません。

いや、そういう邪な気持ちは脇に置いておきましょう。

今日はコンビニに行って、ATMでお金をおろして、DOCOMOの支払いをして来ました。

ガラケータブレットの2台持ちなので、毎月かなりの通信費…

仕方ないのか。

ガラケーなくなったら連絡取れないし、タブレットがないと生活に困る。

うちにはテレビがないので、ニュースや天気予報はネットで知るしかないし、はてなのブログも、ネットショッピングも、タブレットがないと出来ないので。

自然、タブレット依存になってしまうなぁ。

ネットニュースでは、なにやら韓国との関係が大変こじれているという。

…困ったね…

私は以前、韓国語の勉強をしていたことがあったのだ。

韓国にも一度行ったことがある。

随分昔。

’95年の7月だ。

韓国に降り立ったらガイドさんに、

「今日、梅雨が明けました」

と言われた。

韓国にも梅雨があるんだ。

と初めて知った。

さっきネットニュースで見たら、韓国から日本に向かう大韓航空機の中で、日本人の子どもが喉に乳歯を詰まらせ、呼吸停止状態に陥ったが、CAの応急処置で息を吹き返した。と出ていた。

こういう政治抜きの話は、ほっとする。

もちろん事故はよくないし、子どもが助かったから言えることだけど。

人間に国境はない。

助け合いって、いつでもどこでもいいもんだ。

こういう時こそ民間交流。

政治家のことは、ほっといて私達、韓日仲良くやって行きまっしょ!

知り合いの韓国人の先生と一緒にうどんを食べた時、

「日本の料理は優しい味」

とおっしゃっていた。

優しい味。

日本人もそうでありたい。

感情的にならないように。

コンビニから帰ってしばらくしたら、突然の雷雨。

バケツをひっくり返したような。

その後、雨が上がったら空気がひんやり。

熱くなったアスファルト打ち水効果。

暑い夏の夕方はこうでなきゃ。

これがアスファルトでなく土の地面なら、もっと素敵なのに。

夏の終わりは昼寝とアイスと扇風機。

と、まとめて、うまくお題に落ちたかな?

 

 

2019 8月

8月12、13日はペルセウス座流星群が見られる、とネットのニュースで知り、12日深夜、階段の踊り場で北東の空を見上げていた。

一体、いつからこんなにも星が見えなくなったのだろう。

身を乗り出してみるが、上空には4、5個ほどしか星が見えない。

小学生の頃を思い出してみる。

空には満天の星々があった。

飽きずに眺めて、たまには流れ星を見ることもあった。

理科の授業で、夜空から一つ、星を選んでその星がどう動くか観察しなさい。という課題が出た時、夜空を見上げて、こんなに光る星空からどの星を選ぼうか、悩んだこともあった。

それから40年。

星は見えなくなった。

かわりに、地上に幾千もの赤い光が明滅している。

山肌に、横浜ランドマークの近くに、そのもっと向こうに。

赤い光がチラチラと光る。

まるでどこかで空襲でもあったかのように、空が赤く、地上がうっすら発光している。

そのことに気付いたのは最近だ。

ランドマークタワーはもちろん、大きなビルは必ず赤い電光を放つし、電波塔も赤い明滅を繰り返す。

人がそこにいる限り、活動すればするだけ、赤く光を放つ。

その光は人工的で、薄っぺらで、風情もない。

こんなに地上が明るいから、空も明るくなってしまったのだ。

智恵子が言うように、もはや関東には空がなく、安達太良山にあるかどうかさえ怪しい。

関東平野の山並みがうっすら赤い。

これでは星が見えなくて当たり前。

この40年間で日本は猛烈に発展して、空をなくした。

星の見えない夜空なんて。

子ども達に以前の空を見せてあげたい。

まるで星が降ってくるようにキラキラしていたあの頃の夜空。

そんなに星が見えたの?

目をまるくして子ども達は驚くだろう。

 

今日は満月がきれいに見えるが、月を見ることすら出来なくなったら、人は滅ぶ。

 

それでも8月13日になる前に、流星群と思われる流れ星を、一つ見ることが出来た。

 

連日の暑さで、大気が不安定になっているのだろうか。

二日続きで通り雨。

晴れているのに、ざっとくる。

二度、三度。

干して、雨に降られた洗濯物をまた洗い直す。

 

コンビニから出ようとしたら、また雨。

横でおばさんが、

「またかよ」

と空に言う。

コンビニのイートインで通り雨を見て、アイスコーヒーを飲む。

雨が過ぎた頃を見計らって、外に出る。

あっという間に出来た水溜まりにセミのなきがら。

夏。

セミは一生分、数日で鳴き通して、種を残す。

自分が繋いだ命を見ることはない。

 

40年前には夜鳴くことのなかったセミが、今夜も鳴いている。

 

ここから

今週のお題「人生最大の危機」

 2017年 2月

東京の先生の病院に正式に転院した。

それまで通っていた近所の病院からの紹介状を読んで、先生は、

「ほら!あなたが良くならないから様々な薬が出てる」

と言って、パソコンに向かった。

「あなたは薬を飲み過ぎてると思うな。薬を整理しよう」

その場で、私に処方されているいくつかの薬の名前を挙げ、これいる?これは?と言いながら、3錠ほどの薬を外していった。

そして、新しく「ラミクタール」という薬を処方された。

ラミクタール。

先生が以前から口にしていた薬。

期待が持てる。

1錠のラミクタールを小さく割って、自分で少しずつ除々に増やして、今度来る時には1錠全部飲めるようにして来て。と言われた。

 

増やして行く段階で、眠気、起き上がれない等の不調が出たが、一ヶ月ごとに先生に会う度、パソコンの記録を見ながら、あなたはラミクタールを飲む前からいつもそう言ってるようだから、ラミクタールのせいではないと思う。と言われる。

そのまま増やし続けて、5月上旬。

あまり食べられなくなっていた。

5月半ばの土曜日。

朝早くに散歩に出かけた。

普段片付かない所に手をつけたら、あっという間に片付いた。

購入したきり、まだ袖も通していなかった服をいろいろ着てみて、一人ファッションショーに興じた。

ファッションショーの際に、幾本も絡まってしまったネックレスをほどくのに熱中した。

熱中。

私が何かに、最後に熱中したのは一体いつだったろう。

今日は調子が良い。と実感した。

やった!薬が効いてきたんだ。先生やっぱりすごい。

嬉しかった。

 

一ヶ月後の6月末。

先生の病院に行った時、待ち合い室に誰もいなかった。

そんなことは初めてだった。普段なら5、6人は待っている。

十数人は座れる待ち合い室に誰もいない。

今なら話を聞いてもらえる。

今しかない。

私は先生に呼ばれて診察室に入った。

先生は、よくいらっしゃいましたね、とか何か言ったが、私はろくに聞いていなかった。

一気に話した。

今のこと、今まであったこと、昔あったこと、家族のこと。

何もかも一気にぶちまけた。

先生は何回も身体を折るように頷いて、つらそうに顔を歪めた。

何度も何度も半身を折って頷いた。

先生は一度聞き直したが、それ以外は一度も私の話に口を挟まなかった。

今。今、話さないと!全部話さないと!もう二度と話せないだろう。

私は渾身の力を込めて、思い出せる限りのこと、思いつく限りのことを全部、一気に話した。

10分くらいだったろうか。

先生は顔をくしゃくしゃにして辛そうだった。

私達が出会って、7年。

先生は、私が抱えていたものの正体をやっと知ったのだ。

私には絶対にカウンセリングが必要だった。

 

とてもぼんやりしていた。

帰りに寄ったカフェの窓側で、交差点を行き交う人達を見ていた。

カフェの店員が外に出している植物のプランターを移動させている。

両サイドには若い男性が一人ずつ座って、ノートパソコンを開いている。

私は一人真ん中で、チキンサンドとサラダのセットを食べていた。

不意に食べ過ぎたことに気付いて、はっとした。

お腹の弱い私は、外出先ではあまり食べ過ぎないように加減しているのだ。

のんびりし過ぎてしまった。

急にお腹の調子が心配になった。

夕方のラッシュアワーに巻き込まれかけ、グリーン車もほぼ満席状態だったが、座ることが出来た。

奧の窓側の席でビールを飲んでいるおじさんの隣で身を硬くしていた。

お腹の調子が心配でたまらない。

そのことしか考えられない。途中でお腹が痛くなったらどうしよう。

そのことを考えないように。と考えていた。

祈っていた。体が硬直していた。

とにかく早く家に帰らないと。

電車は数十分かけて、やっと最寄り駅に着いた。

バスに乗り換えてからも、お腹の調子を考え過ぎないように。

満席の車内で身を硬くしていた。

いくつもの停留所に停まり、やっと近所の停留所に着いた。

そこから家まで数分の帰り道。

帰って来た。無事帰って来れた。

という猛烈な安堵感に包まれながら、暗くなった空を見上げて歩いた。

東京からここまで帰って来たのだ。

何事もなく、よく帰って来れた。

ゆっくりゆっくり噛み締めるように歩いた。

 

 

その時は、それから起こるはずの事態を考える余裕もなかった。

ただ、よかった。帰って来れた。という安心感だけに浸っていた。

 

大きな声で言いたい

今。

私は記憶を辿っている。

長い長い年月。

私は何をしていたのかと。

この30年に及ぶ年月、どこで何をして、何を考えていたのかと。

そしてすっかり自分の中で抜けてしまった過去を思い返すことで、過去を蘇らせて自身の記憶として頭の中で定着させることは出来ないだろうか、と考えている。

そういう試みをしている。

日常生活すら危うい中で、不意に少しの過去を思い出し、そこから記憶を手繰り寄せるという行為は、なかなか難しく、はかどらない。

でも、過去に重きをおきながら現在も生きることは悪くない。

何気ない日常生活を送ることだって、私にとっては有難いことなのだ。

現在も過去も。

同時に感じ取りながら、今を生きて行く。

そんな有難いことってあるだろうか。

今まで鬱がひどく、まともな生活は送ってこられなかったのだから。

生温かい空気を感じる。

太陽の煌めきに緑を揺する木々。

セミの鳴き声。

そうだ。夏なんだ。

と、実感する自分がここにいること。

そうやって一つ一つ自分に言い聞かせ、毎日を過ごしている。

そう感じることが私にとって、大事な一歩なのだ。

今までそう感じることすら出来なかった私には、甘い蜂蜜同然のご褒美。

今を生きること。

今、感じられること。

今、私は心穏やかで、健やかに生活していること。

今日も食べる物があって、自分で作った料理が美味しく感じられる。

ベランダに出ると空が見渡せて、日射しと月光が浴びられる。

他の人にとっては当たり前な日常が、今の私にはとてもありがたくて、「私は良くなったんだ」と噛み締める。

先生と二人三脚で歩んだ9年。

大揺れの波に何度も二人してさらわれながら、ここまでやってきたんだ。

先生。

私は先生に出会ってからこんなに良くなったよ。

何年か前よりだいぶ、前を見て歩こうと思ってるよ。

私は今日、元気でやってるよ。

そう先生に伝えたい毎日をこれからも送れますように。

 

 

訪れぬ夏

梅雨明けはしたのだろうか。

テレビがないと全くわからない。

ネットのニュースを見ると、なにやら芸能界が大変らしい。

タブレットには、雨上がり決死隊の宮迫と、ロンドンブーツの亮が会見して、号泣している写真が小さく載っている。

それに伴い、吉本の社長が会見し、泣いている写真を先程見て、いやぁ、大変そうだなぁ芸能界。と思ったが、会見を見たわけではないので、なんとも言えない。

ただ、この状況を知って、思い出したことがあった。

けんか両成敗。というようなこの構図。

泣かせた相手がいて、自分も泣く。

なんだか小学生のけんかみたいだ。

私も経験がある。

友達に立腹され、学級裁判になったことがある。

学友達が様々な意見を言い合い、本来、私が泣くはずのところ、訴えた友人のほうが泣いて、私は涙をこらえた。

「なんであなたが泣いてるの。○○さんは泣いてないわよ」

先生が友人に言った。

私は絶対に泣かなかった。

最終的に、二人仲直りしましょう。ということになり、私は握手を求めて教壇の、友達のいる所に行って握手した。

友達はすっかり泣いていた。

今考えると、謝らない私が悪い。

私は謝らず、押し通した。

ただ、「ごめんね」と言えば済んだかもしれなかった。

私は「ごめんね」という言葉を使えば、まるく収まる。ということを、最近まで知らなかった。

いつも理不尽な目に遭い、謝ってなんかいられなかった。

「ごめんね」

この一言を言えばまるく収まるんだ。と気付くまで、随分時間がかかってしまった。

 

昨日と今日は、珍しく蒸し暑いが、7月に入ってもまだ、長袖を着ている日がある。

肌寒い日が多い。

90年代に冷夏があった時みたいだ。

農作物にかなりダメージがありそうだ。

夏服の売り上げも悪いだろう。

梅雨入り前は

「さぁ!半袖だぞ。夏服買うぞ!」

と、勇んでいたが、半袖を着る機会もなく、この前久しぶりに外出した時は、雨が降っており、半袖の上に二枚長袖を着て行く始末。

本当に7月なのか。

 

数日前からやっと、セミが鳴き始めた。

ものすごく申し訳なさそうに。

遠慮がちに。

夏ではないのに、鳴いていいんですか?

といった感じに。

今は夜なので、全く鳴いていない。

かわいそうに。

と思うが、8月は例年通りの暑さと言われているようなので、あと一週間もしたら、猛烈な暑さがやって来て、

セミ

「我こそは!」

と、けたたましく泣き出すことだろう。

あのセミの強力な鳴き声は、日本の真夏の暑さを増幅させる。

 

ここ数日は調子が悪かった。

真夏に寝込んだら大変だ。

うちはリビングにしか冷房がない。

この部屋では、扇風機の生暖かい風に頼るばかりだ。

 

今はジーンズのことばかり考えている。

ジーンズを新調したい。

ネットでいろいろ見ているが、届いてみないとサイズ感がわからない。

この前、出かけた時に見かけた、ジーンズが良さげだったが、お金の持ち合わせがなく、見送った。

残念だ。

試着だけでもしておけば良かった。

今度、街に出かける時は、いろいろ見て回りたい。

やっと、お金の現実に目覚め始めたので、自制して。

ネットで見ているより健康的だ。

 

毎年、あれだけ鳴いているセミが、鳴かない夏は夏らしくない。

太陽がジリジリ照りつけて、日傘を差している女性が、白っぽい夏服を着ている。

熱気だけが残る、風のない夜。

虫刺され。

 

なんだかそんな、当たり前の夏はまだ来ない。

 

 

 

 

母の味

お題「思い出の味」

先日、タクシーに乗った。

運転手の男性は、私と同じような年代。40代。あるいは30後半か。

目的地の駅名を告げると、

どっちが早いかな、と一瞬迷って、左にハンドルをきった。

4月にも関わらず暑い日で、車内は冷房が効いていた。

4月でも タクシーの中はもう暑いんですよ。夏なんてハンドルを握る手が陽に焼けちゃって。手袋嫌いなんで、食器も素手で洗っちゃいます、と気さくに言う。

いつもバスで通る道路へ出た。

 運転手さんは独身なのだろうか。

 がっしりした体躯で、好青年といった感じだ。

落ち着いた態度は既婚者に見える。

手袋の話から料理の話題になった。料理もすると言う。

男性なのにきちんとしてる。

最近ずっと調子が悪いので、ちゃんとした料理を作っていない。

「たまに自分の作ったものが、すごく美味しい時ってありますよね」

と言うと、深く頷く運転手さん。

 トンカツの話が出た。

地元にある店のトンカツが好きで、自分でも作ってみるんだけど、トンカツにかけるソースがいけない。

どうしてもあの味が出なくてね。

市販のトンカツソースとは違うんですよ。もっと甘い味なんです。

それで知り合いに頼んで、その店のソースを買ってきてもらったら、やっぱり美味しくて。

「そのお店の特別のソースなんですね」

そうなんです。

運転手さんはこの、トンカツにソースを合わせた味に惚れ込んでいるのだ。

その味に惚れ込んでいるお客さんが、その店には他にも大勢いるのだろう。

そして話題は、鯖の味噌煮の話へ。

「ご飯が進みますよね」

私が言うのは、鯖の缶詰めのことだ。

運転手さんは私を、「鯖の味噌煮を作る人」と思ったのだろう。

何回か作ってみたんだけど、魚臭いのが取れない。お袋何かしてたんだろうけど。

鯖の味噌煮…

作ったことがなかった。

 最近、料理らしい料理をしていないし、魚料理はせいぜい「ブリの照り焼き」くらいしか作ったことがない。

なので、魚の臭みの取り方も知らない。

「ブリの照り焼き」を作った時は、生姜のすりおろし(チューブの)を使った気もするが、どうだったろう。

随分前のことだ。

ここ数年それどころじゃなかった。

運転手さんの疑問に答えられない…。

梅干しを加えるような気もするが、変なアドバイスは出来ないので黙っていた。

お母上はご健在なのだろうか。で、あれば聞くことも出来るはず。

でも、そこは聞けない。

いろいろやってみても分からなくて。臭み取るのって何かなと、ずっと考えてるんですが。

 お袋に聞いておけば良かったんだけど、お袋亡くなったんで。

だから、お客さんで知ってそうな人がいたら聞いてみてるんです。

タクシーは駅前バスロータリーに滑り込んだ。

運転手さんは、鯖の味噌煮が作りたいのだ。

でも、ごめんなさい。私には分からない。

「料理人さんに聞いてみたら…」

「いや、そこまでじゃなくていいんです。家庭料理なんでね」

私は礼を言って、タクシーを降りた。

 

運転手さんは、お母さんの味を再現したくて、試行錯誤しているのだ。

「鯖の味噌煮」は、懐かしい「お袋の味」なのだ。

人は、自分に愛情を込めて作ってくれた人の味を忘れない。

鯖の味噌煮を作ることで、運転手さんは母親に、再び接しているのだ。

 

私にはそんな温かい「お袋の味」は存在しない。

そういう、愛しい「思い出の味」を持っている運転手さんは幸せだ。

きっとこれからも、その母の愛で、真っ直ぐ生きて行くに違いない。

何も持たない私も、真っ直ぐ生きて行こう。

 

 

 

 

 

 

夏の手前

取り返しがつかない失敗をしたり、なぜそんなことが?と、信じられないような出来事が起こった時、固く握りしめようとせず、握った拳を少し緩めて、指を広げて、後は天に任せる。

そんなスタンスでいることが、今の私の課題。

自分を責める前に、まず身体を緩めよう。

済んでしまった出来事は、もとには戻らない。

だったら、そうなった理由を見つけよう。

近くではなく、遠くから。

起こったことからなるべく離れて。

すぐに見つけようとしなくていい。

しばらくして、そういうことだったのか、と分かればいい。

だから今、私は30年近く前の出来事を思っている。

30年経ったから、あの場を離れて、外から見れる。

30年経ったから、冷静にもなれる。

どうしてそんなことになったのか、その前よりもっと遡って考えることもできる。

問題は幼児期から抱えていることだったのだ。

たまたまでなく、そうなった。

幼児期に遡るまで、待たれていた。

誰かが、その答えを必要としている。

書き記すことで、何かが救われるかもしれない。

偶然は必然だ。

私の過ちや失敗も、誰かの役に立つかもしれない。

人生の過ちに無駄なんてない。

 

こちらは雨が降ったり止んだりです。

いつもなら、東に見えるランドマークタワーも、西に見える富士山も、今日は靄に霞んで見えません。

梅雨の月曜日。

梅雨が開けたら、どっと夏が押し寄せます。

ひまわり。

砂浜。

ビーチパラソル。

そんな物たちで溢れる、どんな季節より、やかましい夏。

少女達の白い腕。

スクランブル交差点。

 

夏は若い人達に似ています。