中学生の時、私は美術部であった。
美術部は98%女子である。
部は文化祭のためにあるようなもので、夏休みあけに「文化祭の出し物は何にしよう」と、やっと重い腰を上げる。
それ以外の季節は一学期ごとに課題が一つあるくらいで、毎回集まっても、さして何もしていないも同然だった。
まず顧問の先生は見に来ない。
それを知っているので皆グループになって集まり、女子トークに興じるのであった。
課題はいつも急ぐことはないし、至って呑気なものである。
そんなある日。
「前川先生が泣いている」
との情報が飛び込んできた。
その先生は音楽の教師で、目がくりくりして甘ったるい声をした、20代の女性教師だった。
バレー部の顧問をしていた。
女子力満載のその先生は、常々ある男性教師(広沢先生)との仲を噂されていた。
広沢先生はバスケ部の顧問である。
「前川先生が職員室で泣いている」
との情報は、すぐ校内を駆け巡った。
暇な美術部がにわかに活気づいた。
「職員室に見に行こう!」
私達美術部女子は美術室から飛び出した。
職員室の出入口は、もはや数人の野次馬達が集まっていた。
職員室で女性教師が泣いている、などということはまずない話である。
一体、何事があったのか。
職員室の中に前川先生を確認しようとして、皆、身を乗り出してみるが、前川先生の姿は見当たらない。
しばらくして、中にはいないのだろうと引き上げた。
その後、前川先生は広沢先生に強く叱責された。と聞いた。
バレー部とバスケ部は隣あっているので、場所の取り方について広沢先生がきつく言ったのだろう。
それを受けて前川先生が泣いてしまった、と。
いくら女性だとは言え、教師が面前で泣くなんて情けない。
そう思った。
中学卒業後、数ヵ月して、前川先生と広沢先生は結婚したと聞いた。
たかが場所取り。
されど場所取り。
結婚前の20代女子として、好きな男性にきつく言われたことは、乙女心をさぞや傷つけたのだろう。
しかし、教師。
女性としてもしっかりして欲しい。
前川先生、広沢先生。
お元気でしょうか。
※文中仮名