先生の処方で、ラミクタールが少量増えて一ヶ月弱。
調子が悪く、数日寝込む状態を二回乗り越え、だいぶ良くなったので先生のいる東京の病院に行くことにした。
快晴の金曜日。
バスで最寄り駅まで。
東京までの切符とグリーン券を買って、ホームに下りるとすぐ電車が来た。
昼時のグリーン車内はガラガラだ。
朝、パンを少し食べただけでお腹がすいていた私は、駅前のコンビニで買ったおにぎりとお茶を取り出して食べ始めた。
2個目のおにぎりを頬張った時、乗務員さんがやって来た。
グリーン券の確認だ。
よくドラマの脇役で「いい人なんだけど…」と、女性に言われちゃうタイプの小柄な男性だ。
食べている時に恥ずかしいな、と思いながら、私はグリーン券を差し出した。
グリーン券にスタンプが押された。
「ありがとうございます」の後の言葉が聞き取れず、私は「?」という表情をして、乗務員さんをじっと見た。
「しばらくしてランプが点きますので」
頭上の赤いランプが、座ったことを示す青ランプに代わるのだ。
私は頷き、乗務員は前の車両に移って行った。
食べ終わると、まもなく東京に着いた。
電車を降りてからの私は、普段の私とは違う。
マッハで先生の病院に向かい、マッハで自宅のある最寄り駅まで帰るのだ。
早く東京から戻らなければ、帰りのラッシュアワーに巻き込まれてしまう。
グリーン券を買ってグリーン車に乗れても、座れないことも起こり得る。
混雑した電車は避けたい。
東京で電車を乗り換えて、先生の所に着き、着いてすぐ先生に呼ばれた。
私はこの一ヶ月の状態が悪くて、
「死にかけた」と言った。
「死にかけた?」
少し驚いた風に先生が顔を上げる。
私の具合の悪さは、薬を増やしたことに対しての反応だと言う。
数分話した後、先生がのろのろと立ち上がった。
そろそろ帰れ、のサインだ。
今日は予約で一杯なのだろう。
「え?もう?」
私が驚くと、先生は心なしか嬉しそうに頬を緩めた。
病院を出て、電車でまた東京へ。
グリーン車内でアイスコーヒーを飲もうと思い、コーヒーショップに立ち寄った。
レジ前で財布を広げて、コーヒーを待っていると。
隣のレジにいた女性が、私と同じ体勢で財布を持っていた。
左手に持つ財布は私と同じ物…。
そんなバカな。
私の財布は一つ一つ手作りの物。
日本中を探しても、同じ物を持っている人はそうはいないはず。
それなのに??
そんなバカな。
私は三度はチラ見した。
しかし、間違いなく私と同じ財布であった。
ヘビ革を加工して、パステルカラーに染め上げたシリーズの物だ。
すごく珍しい物のはず。
裏側に柄が出たところを見ても、明らかに私と同じシリーズの財布だ。
私はその人の方を見ないようにした。
何だろう。
見てはいけないものを見てしまった感覚。
こちらに気づきませんように。
「同じ物ですね!」
いざとなったら言えないものだ…。
ホームに下りて、数分で電車は来た。
良かった。
まだグリーン車も空いていた。
やれやれだ。
窓側の席に座って、前の座席の裏側からテーブルを引き出し、アイスコーヒーを置いた瞬間。
通路に来た男性に目がとまった。
え?
あれ??
二度見した。
「奇遇ですね」
男性が言った。
行きのグリーン車の乗務員さんだった。
そんなバカな…
こういう日を「運命の出会い」のある日、というのだろうか。