ベランダのハオルチアが今年も咲いた。
多肉植物の一種のハオルチアは、肉厚な葉を持ち、葉の先端は尖って鋭どい。
その葉が幾重にも重なり、トカゲの尻尾のような葉を、まるで花が咲くように広げる。
むくむく、ずっしりして、見かけはサボテンのようだが、なかなか獰猛にも見える。
その株から弦が出て、あれ?と思っているうちに、あっという間にぐんと一気に弦を伸ばす。
ずっしりした体躯に似合わぬ細い弦は40センチ近く。
伸びた弦の先端に、小さな細長い蕾が出来ている様は、まるで稲穂のようである。
白い蕾がうっすら色づいて、ラベンダーともピンクとも言い切れない色が、浮かび上がってくる。
微小な蕾は、本当に可愛いらしく、はかなげで愛しい。
植木鉢から溢れんばかりに成長したハオルチアは、幾つもの株が密集して盛り上がり、息苦しそうだ。
早めにもっと大きな鉢に植え替えて上げなければならない。
今年は五本の弦が伸びた。
一本の弦に5、6個の蕾をつけて、下の方から順に、ラッパが反り返ったような、小さな小さな花を咲かす。
この時季、弦を伸ばして花を咲かせるハオルチアを見ると、よく咲いてくれたね。と小さな生命に、感謝と感動を覚える。
ハオルチアは梅雨を告げる植物だ。
毎日ぼんやりと過ごす私に、
「梅雨が来たよ!もうすぐ夏が来るよ!」
と、教えてくれる。
だから私は、毎年この時季にハオルチアと交信している。
ハオルチアは寒い冬も越え、春にぐっと力を蓄え、梅雨に花を咲かす。
他肉植物はサボテンと同じように、あまり水を必要としない。
だからまだ寝込むことも多くて、頻繁に水をやれない私のもとでも、健やかに成長している。
私を毎年、勇気づけてくれる。
今年も、
咲いたよ!
と聴こえぬ声で、でもハッキリ、私に告げている。
普段と変わらぬ日常生活。しかし、この空間に私の他に生きている生命の存在がある。
か弱そうで儚くて、でもしっかり生きているハオルチアが愛しい。
六月だ。
梅雨の晴れ間は、どんな季節の晴れの日より清々しい。
9年前もそんな気持ちの良い日だった。
この時季、私は初めて先生に会ったのだ。
初夏。
サンドイッチ。
久しぶりの東京。
ビジネスホテルの朝食。
朝の日射し。
行き交う人々。
初めての街。
病院のロビー。
帰りのタクシー。
先生に出会った時のことは、そんなものたちと一緒に思い起こされる。
長い。
あるいは短い。
そんな9年だった。
私は変わった。
先生も変わったのかもしれない。
私達の9年。
その日が始まりだった。